<アイリンブループロジェクトについて>
2011年3月11日。津波と火災で被災した幼稚園バス。佐藤愛梨ちゃん(当時6)ら、そのバスに乗るはずではなかった5人の子どもたちが亡くなりました。
2015年5月27日。バスが被災した場所に白いお花が咲いていました。芸術家のすがわらじゅんいちさんが、お花を切り花として一輪だけ持ち帰りました。しかし切り花ですから、やがて枯れてしまいました。被災場所もかさ上げ工事で埋められてしまいました。
数ヶ月後、枯れたはずの花の周りから芽が出たのです。この花は愛梨ちゃんの名前から「あいりちゃん」という名前がつけられました。アイリンブループロジェクトはこの花を沢山増やし、全国で育てることで、震災の風化を防ぎ、命の大切さを伝えるものです。

このブログは、そのプロジェクト実施場所の一つ、仙台市泉区の三島学園東北生活文化大学・高校内にある花壇の様子と、私個人の日記を投稿するものです。どうぞよろしくお願いいたします。
2017年8月20日 管理人 プニプニ
2018年2月6日 一部変更
2018年8月1日 新ブログに移転・一部変更

1/17、災害列島に住んでいる。

こんにちは。
今日は1/17です。
阪神淡路大震災から24年を迎えました。
私はその時阪神にいた訳ではありませんから、阪神大震災を知っているかというと微妙なところがあります。
分かっているかと聞かれると、とても頷くことはできません。

ただ、これだけは言えます。
かつてあったことは、また起きることがあるということ。
宮城県沖地震だって、約37年(約38年、約36年とも言われる)に一度やってきます。
東日本大震災も、1000年後また起きないと言い切ることはできません。
阪神大震災も、関東大震災も同じことです。
そもそも日本に住んでいる以上、地震から逃れるのは困難です。

今、できること。
過去の災害から、将来に備えることではないでしょうか。
防災用品を備えておくのもありでしょう。
建物や塀を補強するのもありでしょう。阪神大震災では家屋の倒壊と火災、宮城県沖地震ではブロック塀の倒壊が被害を大きくしました。

そして何より、災害を他人事と思ってはいけないと思います。
神戸の直下型地震も、1974年にはその可能性が指摘されていました。
宮城県沖地震も、震災直前の11年1月には30年以内に99%起きるとされていました。
それでも、市民の危機意識は十分ではありませんでした。

99%。ほぼ確実に起きるとされていた場所でさえ、危機意識の不足があったのです。
今年の漢字が「災」になるようなこの災害列島の上で、一度も災害に見舞われず暮らすのは難しい話でしょう。なので、次の災害への備えは大切なのではないでしょうか。


写真は今日の空です。雲の間に青空が見えました。
青空の向こうは阪神地域…今日は阪神淡路大震災被災地のことを想いながら、この記事を終わります。
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コメント

 
 ご訪問、ありがとうございました。
今年も、平穏な年でありますように、お祈りします。
あの阪神淡路大震災から24年目なんですね。月日の経つのは、本当に早いものです。
まだまだ、寒い日が続きますが、お元気で御過ごし下さい。
早くも新年ですね。
阪神淡路大震災から24年。それは震災直後に産まれた子も24歳になったという事です。
時間が経つというのはその出来事を知らない人も増えるということです。こちらの震災も近い将来そうなることでしょう。
そのことを考えると、今後「伝える」ことが大切になるかもしれません。
どんどん寒さも厳しくなっていますが、どうぞご自愛ください。

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